よく言うだろ?自由と平等って。人は、少なくとも現代人には、多くの人が思い描いているような平等は、無いってことはわかった。この世に生を受けた限りは、必ず死ぬということ以外に平等は無いってことはね。
でも、じゃあ自由は?俺たちに生まれながらの権利として「自由」なんてものが本当にあるのか?あり得るのか?自由であることが可能なのか?
確かにこの世に「正しい」とか「間違っている」というものはない。そんなものははじめからなくて、そこに、ここに生きる人が勝手に作り出した概念に過ぎない。限定的な条件のもとに成立する、極めて自分(人間)勝手な理屈だと僕は考える。
「自由」という言葉も実に色々な人が色々な定義をしているようだが、これといって一つに絞り込めない曖昧な概念だ。「勝手気まま」とは、違うんだよ、とは良くいわれる話だ。「思いのまま」といってもその「思い」によっては「勝手」とか「わがまま」とかになる。
僕が中学の時読んだ「自由」というタイトルの岩波新書には「…の自由」と「…からの自由」の二つがあると説いていた。言いたいことは、わかるが、分かったようなわからないような釈然としない理屈だ。
「自分からの離脱」が「真の自由」といった理屈もある。「欲」や「本能」に囚われないことが「真の自由」だとしたら、これまた窮屈な不自由な話だ。
良くわからんようになってきた。こうして今いわゆる「自由なご身分」になって心の中は不安だらけだ。自由に生きようとすればするほど、自分で勝手に作り出した逆風に阻まれ、生きづらい。たとえ「不自由」でも流され生きるほうが、楽なのか?楽しい人生なのか?
そうなのだ。結果を厭わなければ、何をしようが、何を言おうが自由なのだ。でも、そうはいかの塩辛だろ?でも、殺されちゃったら…。
しばらくは、この「自由」について考えるのをやめようか?